在野未来研究室 - ZAIYA Future Studies Lab

未来についての想像と論考 - Imagination and Discourse on the Future

夏と怪談~なぜ、「怪談といえば夏」なのか?~

個人的な趣向として、怪談話が好きだ。

 

稲川淳二、映画リング、小説ロード・ロスシリーズ、2chの往年のオカルト板など、

優れた怪異・恐怖譚はかえってストレス発散にもなる。広大な宇宙や海を見るかのように、些細な日常の悩みをより強い恐怖で上書きする。

 

一見不健全なようだが、ジェットコースターのスリルにしろ、様々な娯楽の非日常の世界観にしろ、「日常を上書き」するという構図は同様である。

怪異譚もまた、日常では味わえない強い感情を味わうという種の娯楽なのだろう。

 

さて、ホラーや肝試しの季節といえば夏なのだが、しかしふと疑問も浮かぶ。

夏とは太陽が最も強く照らし、夜は短く、暑く、生命も賑やかだ。到底、死や恐怖とは縁遠いように思える。

 

なぜ、「怪談といえば夏」なのだろうか?

 

いくつかの理由がある。

 

一つは、体温を下げるためというもの。

これは最も現代的な説明であり、暑い夏の夜に怪談で交換神経を刺激し、血管の収縮により血の気を引かせることで夕涼みとするのだそうだ。これは実体験として、冬には寒すぎるが夏にはかえって心地よさもあることから納得がいく。

 

また、英語圏では怪談の季節はハロウィンなのだという。

日本では夏、七月から九月にかけてが中心となる。これはお盆の季節に重なる。

古くからの各地の民族文化としての「死者の帰る季節」に怪談が流行るのは道理であり、日本のお盆も祖霊のみならず無縁仏などの危うい霊も戻ると信じられていた。

 

また一つには、民族芸能としての「盆狂言」がある。

狂言、盆芝居、土用芝居などとも呼ばれるこの江戸期の文化は、寛政年間に生まれた。それ以前には芝居小屋の暑気を避けるため歌舞伎の大物役者は土用休みを取っていたが、次第に下級役者による怪談噺などが流行したという。

 

文化・歴史・暑気払い、そして役者の都合などまで絡んで夏場の怪談文化がこの国に定着したというのは、中々に興味深いところがある。